学校日記

取手市少年の主張より

公開日
2026/02/19
更新日
2026/02/17

2年生





















2年生の代表生徒が先日行われた取手市少年の主張で以下の内容を発表しました。

実際に体験したことで感じた心からの言葉を伝えることでたくさんの人の心を打ちました。


 皆さんは、これからの未来に向けて色々な事を考えていると思います。では私たちが生まれる前の過去について興味を思ったことはありますか。八〇年前一九四五年八月九日長崎に原爆が投下されました。私のひいおばあちゃんは家族と過ごしている時に被爆しました。私は、被爆者四世です。今回、私の「大切」を主張します。

 私は、昨年の夏休み、茨城県取手市で活動しているアンサムという中高生ボランティアで長崎平和スタディーツアーに参加しました。平和や戦争について学びたいと思った事が一つ、そして長崎は父方の故郷で、私のルーツに長崎があるからです。しかしながら私はいつも長崎に帰省した時に観光ばかりで長崎原爆について学んだことがありませんでした。今回の長崎スタディーツアーで日本に原爆が投下された事、戦争や平和について改めて深く学んでみたいと思ったのです。

 まず訪れた長崎原爆資料館では、美しい長崎の街が一瞬で悲劇的な状況に変わった恐ろしい世界がそのまま展示されていて衝撃をうけました。焼け野原化した街、被爆して髪の毛が抜けて、肌がただれて中には真っ黒で傷だらけの人達の写真、遺品、手記を読んで、その人達の家族友達などとても大切な人が原爆で失ってしまったことが書かれていて私は読みながら涙が出ました。大切な人達を失ってしまう事はとても悲しくて怖くて自分の希望が無くなってしまうと私は思います。私はまだその経験をしていませんが、考えて見ると、とても怖くて目の前が真っ暗になる感覚がしました。同じように周りの人達も涙目になりながら展示を見ていました。歴史の学習に留まらず平和への強い想いへと繋がった大変貴重な体験でした。

 次の日に全国から集まった学生の方々との交流会がありました。原爆についてグループで話し合っていて、私は自分が学ぶ事、知る事で精一杯というか自分が知れればそこがゴールだと思っていました。けれども他のみんなは違いました。戦争や平和について知るだけがゴールではなく、知った上で「どう世界の人々に広めよう」「原爆の悲惨さ」「戦争反対」「平和をどう訴えていこうか」と話しあっている事にとても驚かされて感銘を受けました。今の私には一人で活動をする勇気がありません。けれど知る事から始めて、それをどう伝えていけばいいのかと考えていきたいと思いました。

 長崎スタディーツアーが終わったその足で、私は、現在も長崎に住んでいる、ひいおばあちゃんに会いに行きました。今年で百歳になるひいおばあちゃんに会うことも、私にとってとても大切な事でした。前に会った時よりも小さくなっていたけど、元気そうで笑顔が見られて安心しました。数年ぶりに会った私の事も覚えてくれていて、太陽のような笑顔でとても喜んでくれました。それから小さな優しい手で私の手を握ったまま強いまなざしで私の目をまっすぐ見て戦争の話をしてくれました。ひいおばあちゃんは最後に「戦争は絶対ダメ。戦争は絶対ダメ。原爆で長崎の街が一瞬で無くなってしまった。何度も言うけど」と、何度も何度も言っていました。ひいおばあちゃんが沢山大切な人を失ってどんな想いで私に話してくれたのか分かりませんが、私にとってこの出来事は絶対に忘れたくない大切な時間です。  

 私には長崎の血が流れています。そのことを私は誇りに思います。戦争が無く、平和に暮らせる事は奇跡で当たり前ではない。平和への意識がますます高くなり、多くの人に知ってもらいたい気持ちが高まりました。原爆から八〇年の節目を迎え、戦争を経験していない私たちでも伝えていく方法は何があるでしょうか、映像、展示、語りべ…色々あります。私はギターや楽器が出来ます。それを生かしてひいおばあちゃんへ作曲し歌にして届けたい。それが今回ひいおばあちゃんから直接話を聞いて出来たこれからの目標です。

 大切な経験、大切な人、大切な出会い、大切な想いを心に刻んで。